尊厳死とは、過剰な延命治療を避けて、できるかぎり自然に近い形で最期を迎えたいという考え方です。近年、「自分らしく人生を終えたい」という思いから、この尊厳死を望む人が増えています。
大切なのは、その気持ちをきちんと記録し、家族や医療関係者に伝え、実際に尊重されるようにすることです。そのための方法として注目されているのが「尊厳死宣言書」の作成です。
このコラムでは、尊厳死宣言書はどのように書けばよいのか、どこまで効力があるのか、誰に依頼すればいいのか─といった疑問に答えながら、最期まで自分らしく生きるための準備についてわかりやすく解説します。
目次
- 尊厳死宣言書とは?
- 本当に実現されるのか?効力は?
- 手紙やメモ書き、エンディングノートでもいい?
- 遺言書の中で「尊厳死宣言」しても問題ない?
- 尊厳死宣言公正証書の作り方
- 尊厳死宣言公正証書は信頼する人に託すべき
- 尊厳死宣言公正証書は自分でも作成できる?
尊厳死宣言書とは?
「尊厳死宣言書」とは、病気などにより回復の見込みがなく、いわゆる「末期状態」と判断されたときに、本人が「過剰な延命治療は望まない」という意思を示すための書面です。生命維持装置などによって死期を無理に引き延ばすのではなく、人としての尊厳を保ちながら自然に近い形で最期を迎えたいという考えから注目されています。

医療技術の進歩によって、意識が戻らないまま生命だけが長く維持される事例もあり、「ただ死期を延ばすだけの治療は本人の望むものではないのでは」という思いを抱く人も少なくありません。
一方、ご家族にとっては「たとえ植物状態でも生きていてほしい」という気持ちがあることも事実です。しかし、それは本人が望まない延命治療である可能性もあります。「過剰な治療が家族に負担をかけてしまうのでは」と悩む方もいます。
こうした思いを事前に伝える手段として、尊厳死宣言書を作成する方が増えています。本人の希望を家族や医療者に明確に伝えることができ、自分らしく最期を迎えるための大切な準備といえます。
本当に実現されるのか?効力は?
尊厳死宣言書は「過剰な延命治療を望まない」という本人の意思を示す文書ですが、日本には尊厳死を直接認める法律がないため、医療現場で必ず従わなければならないという法的拘束力はありません。
また、延命治療が「過剰」といえるかどうかは医学的判断に基づくため、尊厳死宣言書があっても必ずしも希望通りに実現できるとは限りません。
しかし、日本尊厳死協会のアンケートでは、同協会が保管する尊厳死宣言書(リビング・ウィル)を医師に提示した場合、9割以上の医師が内容を尊重したと報告されています。
法的強制力はなくても、医療現場では患者の意思を重視する傾向が強まっており、近年では実現可能性が高まっているといえます。
「必ず実現されるわけではない」と聞くと不安に感じるかもしれませんが、尊厳死宣言書があることで本人の意思を伝えやすくなり、尊重される可能性は大きく高まります。家族にとっても「本人の意思を守ることができた」という安心につながります。
手紙やメモ書き、エンディングノートでもいい?
尊厳死に関する意思は、手紙やメモ、自筆の書面でも記載することはできます。しかし、その内容が本当に本人の意思によるものかどうか後日疑われる可能性があります。
また近年、エンディングノートに尊厳死の意思を書く方も増えていますが、エンディングノートには法的効力がありません。家族に気持ちを伝える参考資料にはなりますが、医療現場で必ず尊重されるわけではありません。
そこで重要となるのが「公正証書」です。公正証書とは、私人(個人又は会社その他の法人)からの嘱託により、公証人がその権限に基づいて作成する文書のことです。
一般に公務員が作成した文書を公文書といい、私人が作成した私文書とは区別されています。公文書は、公正な第三者である公務員がその権限に基づいて作成した文書ですから、文書の成立について真正である(その文書が作成名義人の意思に基づいて作成されたものである)との強い推定が働きます。これを形式的証明力ともいいます。
文書の成立が真正であるかどうかに争いがある場合、公文書であれば真正であるとの強い推定が働きますので、これを争う相手方の方でそれが虚偽であるとの疑いを容れる反証をしない限り、この推定は破れません。公文書が私文書に比べて証明力が高いというのは、このような効果を指しています。法務省HPよりhttps://www.moj.go.jp/MINJI/minji30.html
尊厳死宣言書が必要となるのは、本人が意識不明などで意思確認ができない状態です。そのためこそ、公正証書で作成することで、最も重要な「本人の真意」を担保することができます。
「手紙やメモでもいいのでは?」「エンディングノートに書けば十分では?」と思うのは自然なことです。しかし、最期の大切な意思を確実に伝えるためには、公正証書という形にしておく方が安心です。家族や医療関係者にとっても「本人の意思がはっきりしている」と受け止めやすくなり、迷いや不安を減らすことにつながります。
遺言書の中で「尊厳死宣言」しても問題ない?
終活を考えている方の中には、「公正証書にするなら遺言書の中に尊厳死の希望も書けばよいのでは?」と思う方もいるでしょう。しかし、これは誤解です。
遺言書には、相続分の指定や遺贈、遺産分割方法など、法律で定められた「法定遺言事項(法的拘束力がある遺言書内容のこと)」があります。以下のようにいずれも “亡くなった後” の財産や身分に関する事項 が中心です。
- 相続人の廃除やその取消し(民法893・894条)
- 相続分の指定(民法902条)
- 遺産分割方法の指定や禁止(民法908条)
- 特別受益の持ち戻し免除(民法903条3項)
- 共同相続人の担保責任の減免、加重(民法914条)
- 遺留分侵害額請求に関する方法の定め(民法1034条)
- 包括遺贈・特定遺贈(民法964条)
- 子の認知(民法781条)
- 未成年後見人・未成年後見監督人の指定(民法839条、848条)
- 遺言執行者の指定・指定の委託(民法1006条)
- 信託の設定(信託法3条)
- 祖先の祭祀承継者の指定(民法897条)
- 生命保険受取人の指定、変更(保険法44条)
一方で、尊厳死宣言は、末期状態になったときに過剰な延命治療を望まないという、生前の医療方針を示すものです。この内容は法定遺言事項に含まれません。
尊厳死宣言を遺言書に書くこと自体は法的に禁止されていません。
しかし、致命的な問題があります。遺言書が開封されるのは通常、本人が亡くなった“後”であることです。つまり、尊厳死宣言が必要となる本人が意識不明 → 延命治療の判断が必要という最も重要なタイミングに遺言書が使えない のです。
遺言書に尊厳死の希望を書いても、医療現場では間に合わない という問題が起きてしまいます。
尊厳死宣言は、
- 人生の最期
- 意識がない状態
で効力を発揮する極めて重要な意思表示です。
そのために必要なのは、「確かに本人の真意である」と証明できる書面であること です。公証人が本人の意思を確認して作成する尊厳死宣言公正証書は、
- 本人の意思に基づく文書であること
- 第三者(公証人)の確認を経て作成されていること
から、医療現場や家族に対して最も説得力を持ちます。
尊厳死宣言公正証書の作り方
尊厳死宣言公正証書は、本人の意思を確実に残すために公証人が作成する文書です。基本的な流れは、他の公正証書の作成方法とほぼ同じです。
尊厳死宣言公正証書作成の流れ
- お電話、メール、LINEにてお問い合わせください。
→フォーム・LINEはこちらから
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面談にて、ご本人のご意思をお聞かせください。
(ご来所が難しい場合は、こちらからお伺いすることも可能です)。 - ご意思を司法書士が書面にします。
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司法書士が最寄りの公証役場へ連絡し、内容について事前に打ち合わせをします。
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公証人が文案を作成
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公証人作成の文案を確認
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公証役場にて署名、押印
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完成
尊厳死宣言公正証書の作成に必要な書類と手数料
公正証書の作成に必要な書類は以下の通りです。
- 印鑑登録証明書(公正証書作成の日から3か月以内に発行されたものであること)
- 実印
※管轄の公証役場によって対応が異なる場合あり
公証役場に支払う手数料は、基本手数料と正本代を合わせて1万3千円前後です。
期間は、公証役場との打ち合わせや予約がスムーズに進んだ場合には1週間程度ですが、余裕をもって臨む必要があります。
尊厳死宣言公正証書は信頼する人に託すべき
遺言書は公正証書にしておけば公証役場に保管され、本人が亡くなった後に開封されます。しかし尊厳死宣言公正証書は「生前の医療に関する意思表示」であるため、遺言書のように自動的に提示される仕組みはありません。本人が生きている間に効力を持つものなので、実際に必要な場面で提示されなければ意味がないのです。
尊厳死宣言公正証書を作成しても、本人が意識を失っているときに「延命治療を望まない」という意思を伝えるには、事前に信頼できる人に証書を託しておくことが大切です。代理意思決定者(本人が意思表示できないときに、本人に代わって医療や介護の重要な判断を伝える人)をあらかじめ決めておくことも重要です。代理人は本人が意思表示できない場面で医師や看護師に代わって意思を伝える役割を担います。
たとえば、家族や親しい友人、代理意思決定者に前もって渡しておき、「万一のときには必ず医療機関に提出してほしい」とお願いしておく方法があります。そうすることで、本人の意思が確実に医師や看護師に伝わり、尊厳死宣言が尊重される可能性が高まります。
また、入院の際に医師や看護師など医療機関のスタッフに直接渡しておくのも有効です。診療記録と一緒に保管されれば、治療方針を決める場面で本人の意思が反映されやすくなります。
「作ったから安心」ではなく、尊厳死宣言公正証書は提示されて初めて意味を持ちます。信頼できる人に託す、代理意思決定者を決めておく、医療機関に渡しておく、このひと手間が、本人の希望を確実に尊重してもらうための大切な準備になります。
尊厳死宣言公正証書は自分でも作成できる?
「尊厳死宣言公正証書は自分で作れるのか?」と聞かれれば、答えは「作ることは可能」です。公証役場に申し込みをすれば、本人が直接手続きを進めることもできます。
ただし、公正証書を作る機会は一般の人にはほとんどありません。そのため、文案(内容の下書き)をどう書けばよいのか、公証役場とのやり取りをどう進めればよいのかなど、慣れない手続きに戸惑うことが多いのが実情です。時間や手間がかかる中で、自分の最期に関する大切な意思を確実に示すのは簡単ではありません。
人生の最期に関する重大な意思を確実に示すためには、専門家に相談することをおすすめします。司法書士であれば、ご本人の意思を丁寧にヒアリングし、適切な文案作成から公証役場との調整までサポートできます。ご本人だけでなく、ご家族にとっても心強い準備となります。
清澤司法書士事務所は、ご依頼くださった方の尊厳死に関するお考えを受け止めた上で、時間や手間をお掛けせず、無駄なく迅速にご対応いたします。
その他、将来に関する心配事がある場合はご相談ください。皆さまの安心な日々をお守りできるよう尽力いたします。
最終更新日:2025年12月5日
この記事の執筆・監修
清澤 晃(司法書士・宅地建物取引士)
清澤司法書士事務所の代表。
「相続」業務を得意とし、司法書士には珍しく相続不動産の売却まで手がけている。
また、精通した専門家の少ない家族信託についても相談・解決実績多数あり。

















